卒業

3月と言えば、様々な『別れ』と『出会い』の季節。

別れの中で、心から感謝する気持ちがあれば、それは、一つの学びが終わり「卒業」となる。

しかし、もう二度と会いたくない、あそこへ戻りたくない…と言う感情があれば、それは「逃げ」。

「逃げ」の場合は、また同じような問題が起きてくる。

「卒業」できるまで、何度でも。

今一度、自分自身を問いてみたい。

「卒業」か「逃げ」か…。

 

この三月、気持ちよく「卒業」して次へ進みたいと思う。

「ありがとう」を求める

美容学校時代に、「ありがとう」と言われる職業に就きたいと言っていたことがありった。

「ありがとう」って言われると、励みになるし嬉しくもなる。もちろん、その言葉を頂いた時は素直に喜んでよいのだが、

しかし、「感謝」されることを求めて仕事をするのは、自分が相手に「感謝」と言う「見返り」を求めているのである。その見返りがあればいいけど、ない時には仕事が一層キツク感じられて、辛くなっていくものである。

よく「会社の為に…」などと言って仕事をする方もるが、その大勢の方が、同じように「見返り」を求めているから空回りになってしまうのではないか。

本当のプロは、見返りを求めず、淡々と的確に仕事をこなす。だから感情に流されないので、必要以上に精神的な疲れが出ない。

仕事に限らず、家庭でも「ありがとう」を求めると、見返りがないと疲れを感じる。が「無償の愛」は疲れを感じない。

自分の思いで「疲れて」いるだけだったりする。

 

 

 

 

 

 

 

病気は、タイミング

今朝、神宮参拝の帰り道で、カプリスのお客様だったご婦人に偶然お会いした。

開口一番に「先生〜!こんな所で偶然。私、癌が無くなちゃったんですヨ‼︎」と輝く笑顔で話し掛けてくれた。

彼女は、70歳前後であるが、10年前に乳癌になり、4-5年前にもまた、乳癌が再発した方である。当時、よく体のケアにいらしていたが、癌への恐怖、孤独感、老いていく不安感などが、いっぱい詰まっていて、それが体を硬く緊張させていた。心情が体に影響するのは、彼女自身頭で理解していたが、当時の彼女の体が受け入れるのは、なかなか難しかった。

そして、何度、彼女の後ろ姿を祈りなが見送った事か…。

しかし、今朝、声を掛けられるまで分からないほど、彼女は、変身していた。

「先生あれから、色々あったけど、何て言うか…もそう自分の中で、今までのしがらみが…もうどうで良くなっちゃって…綺麗さっぱり捨てたら、癌までサッパリ無くなちゃったんです‼︎」

そして今は、毎朝小学生の登校時に横断歩道にたって、交通安全をしているらしい。

 

よく病気になると、「私の何がイケナイなかったのか?」と悩む方がいるが、「病気」は決して悪ではないし、まして「罰」でもない。自分自身と向き合うタイミングを与えてくれているのである。

介護してもらう事で、無償の愛を感じたり、忘れていた当たり前の事に感謝する事に気づくのである。

スピリチヤルリズムを実践すると言う事は、何かを得たり、何かに到達したりするのではなく、むしろ、捨ていく事ではないだろうか?そして「すでにある、ものに気づく」事だと思う。

今朝、彼女にお会い出来た事を心より感謝したい。

 

 

「悩み」の本質

私達は生きている限り、この「肉体」を維持し続けるので、どうしても物質的社会からは抜けることが出来ない。

 

仙人のように霞を食べて生きていくことも出来ず、天女の羽衣で空が飛べるわけではない。実際に食物を食べ、実際に乗り物に乗り移動する。「物」が存在する「物質社会」。

 

ただ、この物質社会の中にいると「物質的価値観」だけで、どうしても「幸せ」を計ってしまう。

無いよりある方が良い…と思えば、無意識のうちに執着がでる。

寿命でも、「長生きが幸せ」と物質的に捉えれば、おのずと「死」に恐怖感が湧いて来る。

例えば「健康が一番」と思えば「病」は敵となり、遺伝子検査で「子宮がん」の可能性があると言われたら、予防のために健康な子宮を切除する人もいる。

 

結局のところ、物質=有限であるものに「価値」を見だそうとすれば、それが無くなる、恐怖感・不安・絶望感は必ずついて回る。

 

ある統計で、私達の抱える悩みの90%以上は「物質価値観」から起きていると言われている。ほとんどの「悩み」は自分の価値観が作り出しているのである。

 

そして、この「物質的価値観」の悩みから解放されるには「足るを知る」こと。

「足りている」=「満たされている」この感覚こそが、私達が目指さなければならない「真の幸福感」だと私は思う。

 

動物には無い「物欲」「エゴ」(物質的価値観)の肉眼で見ることにより、私たちは悩まされるが、また反対に、内側の「霊的(精神的)価値観」でみる霊眼も人間だけしか持っていない。

 

そんな私も未熟であるが故、少しでも油断すると「物質的価値観」に流されて、グルグル同じところで悩んでしまう。「足る」を忘れて自己を見失わない様、注意深く内観し、「霊的価値観」を養っていきたい。

「自分自身の変化」の時

人は「自分自身の変化」を感じる時期があると思う。

分かりやすいところでは

人によっては30代中半ごろから、「体力」をはじめ何かしらの「今までの自分」と違いを感じる人は多い。

 

ちょうど「肉体」の成長が頂点を超え、今までの勢いというか「何とかなる…」という肉体本位では、上手くいかないと自覚し始めるからだと思う。

女性はホルモンバランスも変わりはじめる時期で、「昔は食べても1日2日で取り戻せたのに…」とつぶやく。

 

また、仕事上でも「部下」ができたり、結婚したり、人生の大きな節目を迎えることが多く「今までと同じ自分」ではどうしてもいられなくなる時期でもある。

 

イエスキリストが十字架に貼りつけられ、再生したのが33歳ぐらい

お釈迦様も苦行を辞め、悟りをひらいたのが35歳ぐらいと言われる。

 

しかし、ピッタリこの年齢ではなくても、「肉体」から「精神」性へと移動する大切な時期「内性の目覚め」がどなたにでも必ず訪れている。

 

その時は、微妙な変化ではあると思われるかも知れないが、外側の肉体の変化(物質的価値観)に反応している「内側の自分」が確かにいることを。

何かが動き出していることを、しっかりと心にとめておく。

 

そして、その意識こそが、「自分自身を見つめていく」道を切り開いていくのだと思う。

2017年 立春 ホームペジ更新!

今日は「立春」

新しい流れが始まるスタートの時です。

http://www.fuji-capris.com/

そして多くのスピリチュアルの方が「今年は変化の年だ」と言います。

時代の流れは速いもので、つい数年前まで「スピリチュアル」などと言うと

どことなく胡散臭い感じがありましたが、いまや多くの方が普通に口にするようになりました。

こかくいう私もスピリチュアルをSoulful Bodyで学び、カプリスの活動を再開するにあたり、今後は「霊主肉従」で活動をおこないます。

「健康」「美」しいては「幸福」というものを物質的価値観でみていると『肉体』は永遠ではありませんから、どうしても限界があります。

また、現代人の多くが自分が勝手に作り上げた「取り越し苦労や不安、焦り」で自らの生命力を枯渇させ、苦しみ、健康を害し、不幸を招います。

もちろん、物質(肉体)も大切ではありますが、

肉体は精神をコントロールできませんが、精神は肉体をコントロールできます。また肉体は衰えても、精神は衰えないのです。

それは、私たちは「精神(霊)」が主であることを意味しています。

物質的価値観の呪縛から自身を開放するには、まず「人間はスピリチュアル(霊的)な存在」であることを認識する事が必要で、今を生きる力へとつながります。

 

今は、様々なスピリチュアルの良書が国内外多く出ております。カプリスでは、それらを基に共に学び、本当の「健康」「美」と言うもの、そして少しづつ「真の幸福感」へと気づいていきたいと思っております。

随時ブログで「読書会」「お茶会」のお知らせをさせて頂きます。

 

共に学びの中で必要な時に限り「施術」をさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必要なもの、必要だったもの…。

思春期のの息子は

「アイツには負けたくない」…と言い。

母の私は

「負けてたまるか」…を手放す時期になり

人生にはそれぞれのステージに

それぞれ必要なもの

いらないものがある。

しがみつこうとしているのは「過去の自分

春だ!!

勇気をだして

次のステージに進もう

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「見た」つもり・・・そうだった「はず」。

ルドルフ・シュタイナーが「事物の観察」をすすめるているが、
本当にその通りだと実感する

例えば、
目の前に「植物」を置いて5分間ジッーと観察して
そのあと、目を閉じて「見た」ものを表現してみる
「花弁の色は」「葉脈の形は」「花弁の数は」「手触りは」「茎から花へ変わる色は」etc…

 

電車の前に座った人を頭から足先までよく見て(相手にバレないよに)
すぐに目をつぶり、頭で思い浮かべてみる
「靴ひもの結びは」「靴下は」「携帯の色は」「カバンの自模様は」etc…
ありありと、浮かべられるだろうか?

 

普段の歯磨き粉でさえも 銘柄からデザイン、色、キャップの色、押した指の跡など全て詳細に言えることはなかなか出来ない。

 

どれだけ、私たちが「事物」を正しく見ていないか…
意識していないのではなく、
「しっかり観察」しても正しく見えてないのである。

 

写生をする人なら「しっかり見たつもり」でも

実際キャンバスに写そうとした瞬間

「見てない」自分に気が付くのではないだろうか?

 

今、目の前にある「事物」でさえ

正確に見えてないんだもの
私たちが「そうだった」と言う事実が

どれだけ「正確」なのだろうか?

 

そんな、自分の思い込みの「見かた」で
私たちは勝手に、悲しんだり、傷ついたり、怒り、喜ぶ…。

まず、「自分の見かたが『正確』ではない」と肝に命じたい。

奈良直美

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息子の一撃!?

先日の期末テストの前
塾から帰って来た息子が、ボッーと携帯を見ているので
思わず

「いいのかな?そんな事で…。
ズルズルして結局、自分に返ってくるんだよネ~」

などと言ってしまったら

瞬時に息子から

「お母さん! それ僕を心配して言ってないでしょう!!
お母さん自身の不安な気持ちを僕に押し付けているだけだよ!!!」

 

ぐっ・・・

・・・・
・・・・・・・
確かに…

落ち着いて考えみると
自分の中にある「怠けたらイケナイ!!!」と叱咤する声
それは
「アリとキリギリス」のキリギリスみたいに、なったらイケナイと…。

携帯→時間つぶす→→勉強出来ない→成績下がる→ダメになる…

こんな図式で『人生の敗北者』の烙印を押そうとしていた私。

頑張って、ガンバッて、負けちゃいけないと
何かをに不安を感じて、恐れている…。
それを無意識に隠していた私を

思春期の息子は、感じとってた

そして
一撃の一言・・・

最近

“感情”で言っているのか?

“躾け”で言っているのか???

本音はどちらどうか?と考えてしまう事がある。

 

ちょっと静かに自問自答していた私を見て

 

息子は気まずく思ったのか

「あのさぁ~。強く言い返したけどゴメン!
 応援してくれればイイんだよ。」

 

 

・・・・その通りだったね~

 

「子育てに王道は無い」

息子よ!
親子ともに一緒に成長していこう!!!

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救世主!ホメオパシー!

先週末の夜

突然、息子が「寒気がして頭が痛い!」と

えっまさか「インフルエンザ・・・」と青くなりましたが

息子がとり「あえず、ホメオパシーで様子を見る」と言うので…

 

ホメオパシー10年目の息子は

手慣れた感じで、自分でサッサと、

風邪用のレメディーを500mlのペットボトルに入れて

シャカシャカ振って、飲んでから

布団を一枚多くして、汗をかいたらすぐ着替えるパジャマ用意して

サッサッとベットへ

寝はじめて、30分過ぎあたりから

汗が噴き出すように出てきて、

途中かわいそうだったけど、すごい汗なので

2回ほど起こして、パジャマとシーツ総取り替え・・・。

 

翌朝、体温は計ったら「平熱」! 頭痛もなく、体も痛くない!

 

息子は「なんか汗で、疲れた~」と言っていたけど

学校から帰宅した時には、完全に普通に戻ってました~

 

個人差は、あると思いますが

「熱」を解熱剤で下げるより、出し切る「ホメオパシー」の方が

汗は大変だけど、断然、スッキリするし、

なによりも「自分で体と向き合う」姿勢ができるのが

親としてとても嬉しい♪

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