対話をしよう

スピリチュアル的に言うと

だいたい12-15歳の間で、子供は独立した魂となる。

ちょうどこの思春期は、

親と話す事をとかく鬱陶しく感じるようになり

また、親も屁理屈を言う子供に手をやき

親子の何気ない会話でもままならなくなってくる事が多い。

しかし、この時期から大切なのが『対話』であろう。

 

ググれば

「会話」が、普段の何気ないコミニュケーションに対し。

対話』とは、お互いを理解する為に、本音と本音の話し合いをする事。信頼関係を築く為のコミュニケーション…とある。

 

対話』は、相手と真剣に向きあう話し合うこと。

討論会のように自己主張だけをして、相手を負かし「勝者・敗者」を決めるのではなく。

まずは、人はそれぞれ「正しい」の基準や価値観は違うから、相手側の物の考え「本当の言い分」を聞いて理解する。

そして、お互いが納得出来る、共存する為の「理想の答え」を折り合いをつけながら見つけていこうと譲歩する。

その課程が『対話』であると思う。

 

そして、その土台作りは、家庭での『対話』からだろう。

家族、特に親子間の『対話』は、非常に重大である。親が子供を一人の人間として受け止め、対等に話をしていく…

決して感情に任せて、互いに譲ることなく親子ゲンカになったり

親の権力で無理やり従わせたり

面倒だからといい加減に対応したり…することなく。

 

いや。私達、夫婦同士でもキチント『対話』できているのだろうか?

子供は誰を見て、どこで『対話』を学ぶのだろうか?

 

最近の国際情勢で「対話は要らない、実行のみ」と言われていたが…

私達はそもそも『対話』と言うものを、真に理解しているか?疑問がわいてくる。