畏敬の念

今日偶然に、幼馴染と遭遇した。

私がエステを辞め「スピリチュアル」な事をやり始めていると知って、何かの新興宗教にでも入ってしまったのかと心配していたらしい(苦笑)

スピリチュアル=宗教という構図が、まだ根強く残っているのだろう。しかし、私は特定のどの宗教にも属してはいない。

また、ある人はスピリチュアルを、パワースポット神社巡りなど「現世御利益」を求めるツールのように捉える方もいるだろう。j

確かに、私は近くの氏神様や神宮には、時間があればお参りをしているが、これは畏敬の念を持って神前や神木と向き合うと、私の場合より自分自身を客観的に観れるからである。

私は今まで数多くの人の身体を施術させ頂いてきた。だからこそ人間が肉体だけの物ではなく、「霊魂」と言う存在であると信じる事が出来る。それゆえに目に見えないものに「畏敬の念」を抱くのである。

そこにお参りしなければ、その宗教を信じなければ「御利益」がもらえない…となれば、それは余りにも目に見える「物質的価値観」ではないだろうか?

目には見えない「霊的価値観」だからこそ、尊く自然に手を合わせ感謝したくなるのだと思う。

スピリチュアルとは「宗教」ではなく、「現世利益」を得るものでもなく、「畏敬の念」を持つ事だと思う。