気を使う事

エステティックをしていた頃の話だが

初めて私のサロンで働き始めたばかりのスタッフは、よく「気を使って」てくれる。

「気を使う」と言うのは、よくよく観察してみていると、一生懸命頑張って真面目にやっている人に多い。誠心誠意やってくれている、その思いが伝わってくる。

しかし、その思いは、頑張っている自分を伝えようとする所から発生している。だから、その「気を使う」事に対して、「感謝」の反応が有ると、充実感を感じる。

だが相手が、その気を使うのに馴れてしまい、又は気がつかない場合には、

ガッカリするなり

「なんて鈍感な人なの」と怒るなり

なんらかの感情が湧き上がってきて、そして「気を使う」こと自体に、疲れを感じるのである。

決して、「気を使う」事が悪いのでもなく、一生懸命頑張っているのがイケナイと言っているのではない。

ただ、厳しい言い方かもしれないが、気を使う事で相手から自分の存在を感じたいと、「感謝の見返り」を求めている自分を自覚しなければならないのだ。

だから時として、一部の人からは「おせっかい」と感じることもある。

 

しかし、

相手からの「感謝」を期待する事がなく、淡々と仕事がこなせてくると、必要以上に、自分が疲れず、

時には「気がきく」ようになり、

「さすがベテラン、安心できるワ💖」と言われはじめるのである。

プロと言うのは、自分の感情に流される事なく、自分の仕事を常に冷静に見つめ、的確に対応し、こなせる人を言うのだと、私は思う。

 

 

卒業

3月と言えば、様々な『別れ』と『出会い』の季節。

別れの中で、心から感謝する気持ちがあれば、それは、一つの学びが終わり「卒業」となる。

しかし、もう二度と会いたくない、あそこへ戻りたくない…と言う感情があれば、それは「逃げ」。

「逃げ」の場合は、また同じような問題が起きてくる。

「卒業」できるまで、何度でも。

今一度、自分自身を問いてみたい。

「卒業」か「逃げ」か…。

 

この三月、気持ちよく「卒業」して次へ進みたいと思う。

「ありがとう」を求める

美容学校時代に、「ありがとう」と言われる職業に就きたいと言っていたことがありった。

「ありがとう」って言われると、励みになるし嬉しくもなる。もちろん、その言葉を頂いた時は素直に喜んでよいのだが、

しかし、「感謝」されることを求めて仕事をするのは、自分が相手に「感謝」と言う「見返り」を求めているのである。その見返りがあればいいけど、ない時には仕事が一層キツク感じられて、辛くなっていくものである。

よく「会社の為に…」などと言って仕事をする方もるが、その大勢の方が、同じように「見返り」を求めているから空回りになってしまうのではないか。

本当のプロは、見返りを求めず、淡々と的確に仕事をこなす。だから感情に流されないので、必要以上に精神的な疲れが出ない。

仕事に限らず、家庭でも「ありがとう」を求めると、見返りがないと疲れを感じる。が「無償の愛」は疲れを感じない。

自分の思いで「疲れて」いるだけだったりする。